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働く女性を幸せにするブログ

「女性と平和」まとめ
あっという間に一週間経とうとしていますが、先週土曜日の「女性と平和」最終講義の内容をご紹介します。

5回の中で唯一男性のスピーカーだったのですが、特に「女性」にフォーカスしてという話ではなく「平和」にわたって、包括的な視点での講義でした。
講師の野村彰男さんは、もと朝日新聞の記者をされていて、海外を飛び回って色々な現場を経験している方でした。
野村先生が、とにかく、幾度と無く繰り返していたのが
「多様性への寛容・多様性の尊重」
が必要だということ。

グローバリゼーションや情報化によって、自分とは全く違う価値観を持った人(国であったり、民族であったり、宗教であったり)と出会ったり、考えに触れる機会が増えました。
(私個人的にはそれはいいことなのだと思っています。)
ですが、悲しいことに、今地球上で起こっている争い、諍い、衝突は、色々な価値観が交わろうとしているところで起きています。
異なった価値観が出会った時に、どうしても力のあるものの価値観をもう一方に押しつけてしまうことが原因として挙げられます。
そんなやり方では価値観の共存は到底難しく、むしろそれは両者の間に深い溝を作ってしまうことが多いです。
価値観の共存、あるいは融合のための条件は
ー綣圓謀確な情報を与えること
⇒燭┐蕕譴疹霾鵑鬚發箸房綣圓冒択の余地を与えること
が必須だということでした。

また、野村先生は、職業柄か、色々な名言を織り交ぜながら、心に響くお話をしてくださいました。

一つ挙げると
「未来は楽観主義者のものである。悲観主義者はすなわち傍観者である。」
という言葉。
ここでいう楽観主義者は、多分昨日いただいたコメントでいうところの「解決できる力があると自分を信じるタイプ」に近しい考え方なのだと思います。
問題や課題を並び立てることも必要かもしれませんが、自分を信じること、明るい未来を信じることが何より大事ですね!!
| 女性と平和 | 02:54 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
明日が最終回
明日は全五回の「女性と平和」講義の最終回です。
今までの四回は全て女性のゲストスピーカーだったのですが、トリは男性です。偶然にも私の母校の教授でもあります。

視点やその内容も女性とは違ったものになるのでしょうか、楽しみです。

さて、この講義での大きな収穫に、ある女子大生との出会いがありました!
出会いの場面がまたドラマチックだったのです。
二回目の講義終了後、突如大雨と強風(新歓やらの看板とかまで吹き飛ばされていてほんとにおそろしかったです。。。)に見舞われた時、ちょうど近くにいて、傘を差し出してくれたやさしい女の子がその子です。
あまりの風の強さに、一緒に雨宿りし、そのときにbizwomanの活動をご紹介したのでした。
彼女は大学一年生(なんと十代!)なのですが、女性を取り巻く環境、制度などにとても興味をもち、詳しくもありました。

彼女含め学生の子たちに、「なんでそういうことに興味をもったの?」とか「今の社会を十代の目で見てどう感じるの?」とかまだまだ色々話しをしてみたいですね。
| 女性と平和 | 19:51 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
セイロンティーとスリランカ女性
スリランカにとって「女性労働」は外貨獲得の手段として欠かせないものでもあります。
外貨の半分以上が女性労働によって稼がれ、スリランカを潤しているのです。

仕事は大きく3つ。

1つ目がアラブのお金持ちのお家での使用人としての出稼ぎ労働。
エージェントにお金を騙し取られたり、出稼ぎ先で妊娠させられたり、母国に戻ってきてから差別的な目で見られることもあります。

2つ目が自由貿易地域の工場での労働。
スリランカは教育制度が充実しているため識字率が91%と非常に高いそう。
ここでの労働は夜中までのお仕事なので、性的暴力など、危険な目に遭う女性も多く、夜間労働に反対するデモも活発に行われています。

そして3つ目が紅茶プランテーションのお茶摘みです。
女性の繊細な手が茶葉を摘むのに適しているのだそう。
その職場環境は劣悪ということですが。
思わず昨日講義の後、スリランカの女性を想いながら、セイロンティーをおいしくいただきました。

識字率が非常に高いとは昨日のブログでも書きましたが、スリランカは、小学校から大学院までの教育が無料で受けられるという素晴らしい制度があります。
けれど、貧富の格差があり、それでも学校へ通うことができない(家族のために働かなければならなかったり通学のためのお金がなかったりといった理由です。)子どもがいたり、
運良く学校を出てもこのような労働環境下に置かれる女性がいたり、
と胸が痛くなる話です。

スリランカの悲しい話ばかりしてしまいましたが、スリランカについて色々調べていると、そもそも「スリランカ」はシンハラ語(スリランカの7割以上を占めます)で「光り輝く島」を意味する素敵な国なんですね。
その名の通り、民族紛争が激化する前は、スリランカは平和で、食べ物も豊富で楽園のような国だったそうです。
この国に魅せられて滞在を続ける日本人もたくさんいるみたいです。
スリランカに恋して
私にとっても、(安全確保されるなら)行ってみたい国の一つにエントリーされました。

というわけで、夏休みは、スリランカは無理でしたがインドに行くことに決めました♪今から楽しみです。
| 女性と平和 | 23:23 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
世界初の女性首相
昨日は「弱者としての女性」の話をしました。
一方で、スリランカでは、「活躍する女性」の姿も見逃せません。

1960年、シリマボ・バンダラナイケが、暗殺された夫の後継として首相に選ばれました。
世界初の女性首相です。
また、彼女の娘のチャンドリカ・クマーラトゥンガは、1994年8月に首相に、そして11月には大統領の座につき、1999年には大統領に再選もされています。
(ちなみにお母さんのシルマボ・バンダラナイケの時代にはまだスリランカには大統領という地位自体が存在しませんでした。)
もちろん、「母娘首相」としても世界初です。

少し前に、チンパンジーの例え話を使って女性は争いごと(特に暴力的な)が得意ではないので権力を握りにくい、といった話をしたかと思うのですが、しっかりトップで活躍している女性がたくさんいるのもまた事実ですね。

とはいっても、上に述べてきたようにスリランカでは暗殺や自爆テロなど、暴力的な事件が非常に多く、実際にチャンドリカ・クマーラトゥンガも、暗殺未遂によって片目を失っています。
恐ろしすぎです…。
識字率が91%と非常に恵まれた教育環境であるこの国でも、そのような暴力的な社会土壌が女性を前にでていきにくくしています。

続いて、明日は一般のスリランカ女性の労働についてです!
| 女性と平和 | 20:11 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
民族紛争と大津波
残り二回となった女性と平和の講義ですが、今回はスリランカにスポットを絞った内容でした。

スリランカの女性、というと話は大きく2つに分かれます。

まずは、他の多くの国と共通する弱者としての女性が挙げられます。

スリランカは、20年に渡る民族紛争や2004年のスマトラ沖大地震およびインド洋津波で多くの被害者を出しています。
何度か話題にしましたが、戦時下や災害時の非常事態には、女性はより不利な状況に陥ってしまいます。
特に津波被害では、体力的な問題はもとより、スリランカの文化も女性被害者を増やす原因になったと考えられています。

スリランカの民族衣裳が、建物に引っ掛かってしまったり水に浸かり溺れてしまうケースや、
服装が乱れた状態で高みなど人目につく場所へ逃げることを憚ったり、
そもそも木や建物に登る行為が女性にとってありえないことだったり、
男なしで女一人で外出することがよしとされないので男の助けを待っていたり、
そんな馬鹿な!と声をあげてしまいたくなる話ですが実際男女別の被害者統計では女性は男性の倍近くの被害者となっています。

復興のフェーズでも、
夫を失った女性は不吉な存在として社会から隔離されたり
性的嫌がらせを受けたり、
家長制度下で女性が直接援助の受け取り手になれなかったり、

という状況におかれています。

平和な日本では今やそういった状況には縁がない、と感じてしまうでしょうか?とすればとても悲しいことです。

女性の人権が確立する前に非常事態に入ってしまえば、権力を持つ人たちがそこであえて女性を守ろうとは考えにくいでしょう。

渦中にいない私たちだからこそ客観的に感じられることがありますよね。

スリランカ女性のもう一つの面については、また明日ご紹介します!
| 女性と平和 | 17:43 | comments(7) | trackbacks(0) | - | - |
紛争とDVの共通点
今回の講義で、もう一つ興味深かったのが、「紛争のサイクル」のお話です。

紛争のサイクルとは、
緊張期⇒紛争勃発⇒収束(再発∞)
というものらしいのですが、この話どこかで聞いたことが…

DV(ドメスティックバイオレンス)のサイクルととっても似ているのです。
(念のため、簡単に説明すると、DVとは直訳すると「家庭内暴力」ですが、日本では、通常は子から親への暴力と区別して、配偶者による暴力を意味します。)
DVにもサイクルがあって、呼び名はちがうのですが、
緊張期⇒暴力爆発期⇒ハネムーン期(再発∞)
となっています。
参考:DVのサイクル

被害者の感覚が麻痺してしまう、期待をもってしまう、諦めてしまうなど、本当に似た現象ですよね。
重要なのは、収束後、DVで言うハネムーン期の「見せかけ」に騙されないことなのですね。
被害者や周囲が「丸く収まった」と楽観視せずにきちんと原因追及や再発防止策を講じることが重要ですね。
| 女性と平和 | 00:47 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
チンパンジー≒ヒト
今週の「女性と平和」は、現代の安全保障の考え方、戦時下で女性が受けている被害の実態、そして平和のために女性が何ができるかといった講義でした。

戦争を巡る議論はいろんな方向からできると思うのですが、あえてジェンダー的に考えると、ここで重要なポイントは
“鏗下圓箸覆觸性をどうしたら救えるか
⊇性だから貢献できることは何か
といったところだと思うのですが、△鮃佑┐訃紊如非常に面白いお話を伺ったのでご紹介します。

チンパンジーは、人間に最も近い動物であることは知られています。
政治経済学者のフランシス・フクヤマはこの2つの動物に見られる共通点があると言っています。
同一種同士の殺し合いをするのは人間とチンパンジーだけ。
そして、
オス(男性)は競争や暴力的手段で仲間集めを行い強いものが権力を握るが、
メス(女性)は暴力的手段は好まず、気の合うもの同士で仲間集めをする
傾向がある、と。
つまり、女性がより政治参加することにより、世界の争いごとが減り、平和な社会が訪れるというのがいいたいところですが、この論に対してはやはり様々な批判もあるみたいです。
「女性だって相当攻撃的だ!」
「男だって好きで戦争をしているわけじゃない!」
などなど…

私個人的には「男女の違い」を意識することには意味があると思っていて、少し前に流行った女脳や男脳の話なんかにはすごく興味があります。
自分の考えや行動に癖があること、そのルーツを知ることでそれを克服する努力をすることもできる。
また逆にそれを活かすこともできると思います。

フランシス・フクヤマについては、
・Literally Memodesuko Mudaidesuvic
・太田述正コラム
でわかりやすく説明されているのでご興味ある方は見てみてください。
| 女性と平和 | 23:15 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
マリアが聖母になるまで
キリスト教発生当初は、マリアは特別視されない存在でした。旧約聖書の「ヨハネ福音書」でも、マリアはイエスから「母」ではなく「婦人よ」と呼ばれていますし、さらにその後に続いて、「私とどんなかかわりがあるのです」とまで言われてしまいます。そんな扱いであったマリアが、キリスト教の伝播・拡大と共に変貌して行きました。そしてローマ皇帝コンスタンティヌス1世の改宗以降急速に神格化が推し進められ、ついに431年「神母」として公認されることになったのです。

そもそも、キリスト教が女性(≒姓的なもの)を抑圧した最大の理由は、キリスト教よりもっともっと古い「地母神」という女神がもっていた権利全てを男神のヤハウェに与えたことに起因しています。
キリスト教がローマ帝国で公認され、国教にまでのぼりつめると、女神は一層肩身の狭い存在になってしまいました。
けれど、どんなに宗教で規制しても、民衆の生きた生活や文化はやはり女性的要素なしでは成り立たないものでした。抑圧された民衆の心は「地母神」の代替物として「マリア」を選びだし、かつて「地母神」がもっていたイメージを「マリア」に重ねました。こうして、かつては「たんにイエスを生んだ一女性」であったマリアが、「聖母マリア」に変化していったのです。
民衆のパワーを感じる、なんだか嬉しい話ですよね。
| 女性と平和 | 20:06 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
キリスト教×女性×平和
キリスト教は、「平和の教え」です。と同時に激しく男尊女卑の宗教でもあ
ります。
例えば、旧約聖書の創世記の2章では「女は人類の祖アダムの肋骨から創造された」という記述があり、まさに女性は男性の従属物であるという思想が見られます。
また、3章は有名な禁断の果実の話ですが、これも女が蛇のそそのかしにのり取って食べたことが人間の罪の始まりだと言っています。
そんな…という感じです。
そんな思想から、キリスト教では、神を崇めるのは神の似姿である人間全て、ですが神を代理する権利は男性のみにある、とされました。
それに対して、もちろん他の女性信者が反論を繰り広げ…

というのが講義内容。
私は、キリスト教×女性といえば、絶対にはずせないのが「聖母マリア」だと思うのですが、こんなに男尊女卑の宗教の中で、どうして聖母マリア信仰がこんなにあがめられたのだろう、と不思議になりませんか?
調べてみたので、明日のブログで書こうと思います。

ちなみに、私の母校浦和明の星も、実はミッションスクールで、「聖母被昇天会」というカナダの修道会が母体の学校です。もちろんマリア像が学校内いたるところに飾られてあり、まさに平和の空間でした。
今でも、悲しいことや辛いことがあるときはよく教会へ足を運ぶのですが、キリスト教信者でない私にとって、教会ですごす時間は、「神との対話」ではなく「自分自身との対話」の時間です。
| 女性と平和 | 22:15 | comments(3) | trackbacks(4) | - | - |
女性と平和を語る意義
第一回講義は『キリスト教史の中の女性と平和』というテーマでした。

まず、4月10日のブログの中でも議論を生みましたが、「なぜ女性と平和というテーマなのか?」という問いについてですが、これについては教授それぞれで色々なお考えがあるようです。
従来、「戦争は男の仕事だ」とされており、女性は戦う父や夫や息子を後方で支える「銃後」もしくは、被害者という立場でした。
20世紀に入り女性の社会進出が進み、男女平等が叫ばれる中、軍隊の中でも男女平等が唱えられるようになりました。
与えられた権利に対する義務として、女性にも兵役を課すべきという考えがうまれ、アメリカではなんと兵士の13%33万人が女性であり、日本の自衛隊でも同じ流れにあるということです。

もはや女性は積極的に戦争に加担できる加害者の立場になりうる。そういう時代に、女性はより真剣にまた今までとは違う視点で平和に対して取り組む必要があるということなのですね。
| 女性と平和 | 14:39 | comments(3) | trackbacks(0) | - | - |