RECOMMEND
SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENTS
RECENT TRACKBACK
CATEGORIES
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS

10
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--

働く女性を幸せにするブログ

三方よし
近江商人の血を継いでいるという田原さんは、昔から、『三方よし』でなければならない、と教えられて育ったそうです。
つまり、
’笋蠎蠅茲掘↓買い手よし、世間よし
の精神です。

言い方は色々あると思うのですが、
当事者だけでなく世間の為になることを、
周りのためだけでなく自分にとっても良いことを、
...とにかく全部良くなきゃだめなんだ、ということらしいですが、私はこの欲張り加減が好きです。
なんと1754年の書物に書き記されているらしいのですが。

女性の生き方と言うところにブレイクダウンすると、面白いですね。
「主婦」を職業と考えるならば、
それは当事者(=子どもや夫、家族)との関わりの中でプラスを生んでいく、愛とか安らぎだとか教育という要素なのだと思います。

その場合の世の中との関わりというと夫が働きやすい環境、子どもが育ちやすい、学びやすい環境の提供ということになるのかなと思います。

三つ目の「よし」をもっと違う角度から追求していきたいというのが女性の社会進出と言えますね。

ただ、こうしてみると今まで取れてきたバランスをやはり崩してしまうことになるというのは懸念されますね。
バランスを崩そうとしている当事者として、(もちろん女性の力だけではどうにもならない部分もありますが)女性としてどう補っていくかというところも考えなければなりませんね。
| 日本の女性 | 19:03 | comments(0) | - | - | - |
メディアと女性の生き方
さて、土曜日の共立女子大学公開講座のレポートが滞っていました!
まずはテレビ朝日ディレクターの田原敦子さんのお話です。

彼女のお話は、まとめるのがすごく難しいのです。
と言うのも、彼女が伝えたいことは本当に多岐に渡っていたから、だと思います。
つまり、どういうことかというと、彼女は、
「徹子の部屋のプロデューサー」であり、
「黒柳徹子の良き理解者」であり、
「二児の母親」であり、
「田原総一郎の娘」であり...
それぞれの立場でそれぞれの視点から考えるべきこと、見えるものを伝えようとしてくださいました。

こうして、たくさんの価値ある肩書きを身につけていくことは、人生を豊かにすることにつながると思います。
私の名前は『千景』で、親からちゃんとした由来は聞いたことはないですが、勝手に私は、『いくつもの景色を見る人生を送る』ためのものだと思い込んでいます。
色々なものを見て、経験して、自分の人生の肥やしにしていきたいと、思いますね。

いつの間にか自分の話になってしまいましたが、田原さんのように、多忙の中、逆境に置かれても『自分が居心地のいい環境は自分が作っていくもの』と信じいろいろなことにチャレンジするパワーには憧れます!!
| 日本の女性 | 23:24 | comments(0) | - | - | - |
公開講座最終回
今日は、公開講座最終日とあって、なんとも豪華な顔触れでした。
一人目はテレビ朝日プロデューサーの田原敦子さん。田原総一郎さんの娘さんです。
番組は
「徹子の部屋」
「世界の車窓から」
をご担当され、、
さらに二歳になる双子の男の子の子育て中のママでもあります。

とにかくポジティブでパワフルな方だなと思いました。
詳しいレポートはまた明日!乞うご期待。
| 日本の女性 | 22:55 | comments(0) | - | - | - |
流行顔
レポートがかなり遅くなってしまったのですが、公開講座第4回は、『女性の顔と化粧と髪形の変遷』でした。
かなり大きな、テーマですよね。
つまり首から上のスタイルということらしいです。
講師は村澤博人さんで、化粧に関するエッセイ、美全般に関する研究、大学講師をしたりと多方面で活躍されています。

近世、明治時代くらいからの”いわゆる”『美人』顔の変遷をスライドで追い、比較しました。
時代や地域、文化によって『美』の感覚というのは変わってくるというのはよく聞く話です。
大人顔が流行した時期、逆に少女顔が流行した時期(現在もその流れ)、
ナチュラルメイク、黒髪、束髪、パーマetc.
その時代ごとに求められたものやムードが伝わってきますね。

ちょっと話が逸れますが、講義の中で、面白いデータが取り上げられました。
『生まれ変わったらどの性別に生まれたい?』という問いに対し、
異性に生まれ変わりたいと答えたのが、
女性が 64%(1958年)⇒⇒28%(1993年)
と減っているのに対し、
男性は 27%(1958年)⇒⇒65%(1993年)
と増え、ほぼ逆転しています。(『国民性の研究』より)
すごく意外なデータですが、この背景は何なのでしょうね...
もともと思ってたけれど、そんな答えをするのは恥ずかしいという意識の強い男性が多かったとか、逆に女性の方にそういう気持ちが芽生えたり、なんてことも考えられるかもしれませんね。
いずれにせよ、お互いの立場に興味を持つことはいいことだと思うのですが!!
| 日本の女性 | 23:43 | comments(0) | - | - | - |
ルーズフィットからタイトフィットへ
昨日のブログの続きものです。(9/28ブログご参照

昔から動きづらい格好が格が高いとされてきた日本ですが、そんな時代にも例外がありました。
ある肖像画では、フォーマルな場で着るうちかけを上半身だけ脱ぎ、腰に巻いている女性が描かれています。
うちかけは現代のビジネスシーンでいうネクタイやジャケットだと思ってください。
とすると、この時代に、所謂クールビズあるいはビジネスカジュアルというものがOKだったことになりますね!

また、着物の大きな流れとして、「ルーズフィットからタイトフィットへ」という変化があります。

裾は長く、身ごろも広め、帯も低め...というスタイルが流行った時代から、現代の着物は体のラインこそ出ないものの、体に密着し、タイトになっています。
ここからは私独自の推測ですが、この変化には時代の女性に対する要請が含まれているのではないかと思うのです。
ゆったりと、落ち着いた風格を表す格好から、機能的に、動きやすい服装への変化と考えることができます。
とはいえ、そもそも現代では和装は殆ど用いられず洋装をしている私たちですが、戦国から江戸、現代にいたるまでのこの変化も見逃せないと思います。
| 日本の女性 | 18:34 | comments(0) | - | - | - |
おしゃれは我慢。
ピーコも言っていましたが、おしゃれをするには相応の我慢が時として必要ですね。
大人の女性の象徴(だと私が思っている)ヒールや、中国の纏足、昔の西洋のコルセット、挙げてみるときりがない...

着物も、言ってみれば同じような考え方なのだそうです。
「動きにくければ動きにくいほど格が高い!!」
十二単があんなにも重ね着するのも、振袖の袖があんなにも大きいのもそのためです。
昔は、特に
「働かなくてもいい人、自分で動かなくても周りがお世話をしてくれる人」
というアピールになったのですね。

「じゃあ、働く女性がおしゃれを楽しむにはどうしたら??」

という疑問が当然湧いてくるのですが、それに関しては、明日のブログで...
タイトルは、「ルーズフィットからタイトフィットへ」!

| 日本の女性 | 21:23 | comments(1) | - | - | - |
これからの良い女性とは?
これは渡邉嘉子先生から最後に問いかけられた質問です。

ちなみに渡邉先生の答えは、
―性も男性も含めて人を育てられる女性
⊆立(経済的・精神的)し、人を応援してあげられる余裕を持つ女性
C亮映塾呂鯔瓩人・情に厚い人・心と体のエネルギーの豊かな人
い發辰得犬泙譴深分の可能性を開花させていく人
スい視野と先見性をもち年齢をプラスにしていける人
ということでした。

これらを兼ね備える女性は本当に稀だと思いますが、これらの要素が一つでも多く身につけられるといいなとは思います。

私自身も、ちょっと考えてみました。
喫怖じしない女性
興斉霎があり、物事をうまく吸収、融合、調和できる女性
靴笋辰僂蝓美しい女性

これから新しいことに沢山直面するであろう女性には気論簑个防要だと思います。とはいえ、頑固な女の人は(私もそうなんですが...)可愛くない、と思います。なので兇鮟颪ました。
気鉢兇蝋腓錣気襪海箸鵬礎佑あると思います。

男女問わず、いろんな意見を聞いてみたいトピックです!!
| 日本の女性 | 21:42 | comments(6) | trackbacks(5) | - | - |
女性の仕事史(by渡邉嘉子先生)
副題を、
「仕事」も「女性の人生」も大切にしてきた日本女性
として講義をしてくださった渡邉嘉子先生は、リクルートの広告研究誌、「HUMAN・AD」の編集長などのお仕事をされている方です。
本当に、’など’と表現するしかないくらい色々な活動をされていて、キャリアカウンセラー、大学講師、「女性たちの情報化研究会」会長、シャンソンと幅広い分野で活躍されています。

本題に入りますが、講義の内容を簡単にご紹介したいと思います。

女性が働くことに関して様々な制約があった時代から、現代は職業自体も選択肢が増え、働き方も多様化して、それぞれの環境や能力、目的に合わせて職業を選ぶことができるようになっているといいます。

今後の女性労働をめぐるテーマになるものとしては大きく2つ、それぞれ日本国として具体的に数値目標が定められています。
―性リーダー増加へ(2020年までにリーダの3割を女性に)
⊂子化問題に対する歯止めを(現在の1.25%から将来1.4%へ引き上げる)

そして、男性の意見も大きな変化が見られます。
女性が働くことに対して、肯定的な男性の割合が、その他の意見を持つ男性の割合を抜き、多数派となっています。
つまり、男性も女性が働くこと、働き続けることを望む時代になっている、ということですね。

政府や男性の協力を得て、現代女性である私たちは、かつての女性が羨む様なチャンスを手にしようとしていることは確かなことのようです!
とはいえ、今までとは異なるバランスや、これまで意識してこなかった能力を求められることになるのですね。
| 日本の女性 | 22:57 | comments(2) | - | - | - |
鳩山春子
鳩山春子は、共立女子大学の6代目校長を務めました。
「鳩山」と聞けば皆さんすぐぴんときますよね。
1954年〜1956年に首相を務めた鳩山一郎の母でもあります。
夫は鳩山和夫、衆議院議長、東京市会議員を務めました。
『鳩山春子―我が自叙伝』によると、彼女は、前述の津田梅子、下田歌子とはかけ離れているように思えます。
彼女は自分の人生を振り返り、こう言っています。

「私の一生は鳩山に捧げたものであり、また同時に私の総ては子供達に結ばれてある...」

まさに、良妻賢母ですね。

現在、彼女は鳩山会館に夫と二人でならんでいます。
| 日本の女性 | 21:46 | comments(1) | trackbacks(3) | - | - |
才色兼備、下田歌子
下田歌子は、実践女子大学の礎を築いた女性です。
彼女はまた、数多くのスキャンダルを抱え、新聞にも取り沙汰されました。

その記事を集めた本が『妖婦下田歌子〜「平民新聞」より〜』として出版されています。
実際、彼女のスキャンダルはガセネタもその中に真実もあったと思いますが、夫の非難、重臣たちに対し芸妓の様に振る舞い、彼らから女学校に(当時にして)10万円もの金が出されていたこと、望月小太郎など複数人との恋愛の噂、弟の非難、借金、財産差し押さえ、堕胎の噂等々...
結局、当時勤めていた学習院女子部長を罷免されることになってしまいます。

「社会を変えるのは女性である。そのためには女性が変わらなくてはならない」
という名言が彼女の言葉として残っていますが、実践女子大学の「実践」という2文字は彼女の哲学を表しているといいます。
理想論を掲げるだけでなく、教育という方法で女性の地位向上のための行動を実践した下田歌子の一生もまた、賞賛されるべき人生だったと思います。

ちなみに、下田歌子は、本当に美人で、当時「下田式前髪」というのが流行ったそうです。
⇒写真はこちら
| 日本の女性 | 23:46 | comments(3) | - | - | - |